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人名 |
伊東 岱吉 |
人名読み |
Ito Taikichi |
生年月日 |
1908/11/1 (明治41年) |
没年月日 |
1996/1/25 (平成8年) |
出生地 |
東京 |
専門分野 |
工業経済論、中小企業論 |
解説 |
伊東岱吉は、東京深川の製材工場主の三男として生まれた。1921年、慶応義塾普通部に、1925年、経済学部予科に入学し、入学当初よりマルクスの『資本論』に関心を持ち、まだ受講資格のなかった小泉信三教授の本科の講義を、伊東自身によると「盗聴」し、学生仲間と山にこもり『資本論』について学習したが、理解するに至らず、マルクスの労働価値説の意味を納得いくまで考えるために小泉信三ゼミに入った。その成果が、卒業論文の「マルクス労働価値説研究」である。マルクス批判者である小泉教授の下で学びながら、マルクスの労働価値説を積極的に評価した卒論を書き、慶応義塾高等部の助手に採用された。ここにも慶応義塾の伝統を見ることができよう。 1931年3月に卒業し、同4年4月、慶応義塾高等部助手に就任した。高等部就任数ヶ月後には、講師を兼務し、22歳で講義を持たされた。伊東自身によれば、現在の原書講読にあたる科目のみならず、経済原論、経済政策、工業政策といった科目を担当させられ、専ら研究にいそしめた他の助手が羨ましかったので、小泉教授に愚痴を述べたところ、「優秀な学者は忙しい中で生まれた」といわれたとのことである。同時期に、卒論をベースにした論文、「労働価値説の基本的考察」が『三田学会雑誌』(26巻3号、1932年)に初めて掲載された。また、この時期に慶応義塾寄宿舎の舎監も兼務し、草創期の日吉寄宿舎での研究会を指導し、そのあり方を作り上げた1人でもあった。 1941年には高等部教授となり、また、慶応義塾高等部の廃止により、1945年に経済学部教授となる。戦中期から戦後にかけて、中国、そして日本での工業を中心とした現地実態調査を、数多く行っている。これが、その後の工業経済論、中小企業論を専門分野とする伊東の研究に直接つながった。 戦後、伊東の研究は、学生時代からのマルクスの労働価値説研究に加え、日本の中小企業の実態を踏まえた上で、それを理論的に位置づける、マルクス経済学からの工業経済論、中小企業論へと展開する。実態調査を数多く行うとともに、1957年から1年間、欧米で産業構造や中小企業の状況をつぶさに見、現地の研究者と議論する機会を得たことで、中小企業概念の重要性、先進資本主義での共通の矛盾の1つとしての中小企業問題、という認識が明確になる。これらを結実させ、以後の日本の中小企業研究に多大な影響を与えたのが、博士学位論文であり慶應義塾賞を受賞した「日本中小企業の研究」である。それを、『中小企業論』(日本評論社、1957年)として出版した。本書は、マルクス経済学の視角からの日本の中小企業研究の代表的著作として、その後の日本の中小企業研究をめざす多くの研究者にとって、研究の出発点となった著作である。戦前来の中小企業研究の中心課題であった中小企業問題が、資本主義経済においてどのように位置づけられるべきか、これを理論的に明確化した。すなわち、中小企業問題を、日本資本主義の後進性ゆえのみの問題ではなく、先進資本主義国共通の問題であることを、理論的に説明し、かつ日本の中小企業問題の深刻さの由縁を論理的に説明した。それゆえ、この著作出版以後は、日本経済が後進性を克服しさえすれば、日本の中小企業問題は解消するという前提にたつ議論は、学会の中心的存在ではなくなった。 さらに、伊東の中小企業論の特徴は、実態を踏まえ、理論的に昇華するだけに留まらず、中小企業問題を、中小企業で働く人々、日本の労働者の圧倒的多数派の人々の問題、中小企業労働者へのしわ寄せ問題と認識したことにもあった。中小企業研究を行う意味は、何よりも中小企業で働く人々の環境を改善することにあるとした。 また、伊東は、1965年から2年間、慶応義塾経済学部長及び大学院経済学研究科委員長を務め、1969年から3年間、慶応義塾大学産業研究所所長も兼務し、1974年3月に慶応義塾大学を定年退職し、慶応義塾大学名誉教授となった。その後10年余にわたり千葉商科大学教授を務めた。 学会活動では、伊東は日本経済政策学会や日本中小企業学会の創設メンバーとして活躍し、前者の常務理事を長く務め、後者の2代目会長も務めた。同時に、日本学術振興会産業構造・中小企業第118委員会に戦後まもなく参加し、そこを調査研究活動の1つの中心とした。 著作としては、先に紹介した『中小企業論』の他に、単著『日本産業構造と中小工業』(兵庫県産業研究所・有斐閣、1950年)、共編著『講座 中小企業 全4巻』(有斐閣、1960年)等、中小企業研究を中心に多数ある。詳細は、下記の三田学会雑誌「伊東岱吉教授退任記念論文集」の巻末に掲載されている。(渡辺幸男) |
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旧蔵書 |
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出典 / 参考文献 |
慶応義塾経済学会編『伊東岱吉教授退任記念論文集)』(慶応義塾経済学会、1974年) 伊東岱吉先生を偲ぶ会編『伊東岱吉先生を偲ぶ』(有斐閣アカデミア、2002年) 伊東岱吉著「中小企業研究の回顧と展望」(三田学会雑誌、67巻10号、1974年) 「伊東岱吉名誉教授略歴および著作目録」」(三田学会雑誌、67巻10号、1974年) <写真>福沢研究センター |