人名 阿部 秀助
人名読み Abe Shusuke
生年月日 1876/7 (明治9年)
没年月日 1925/1/3 (大正14年)
出生地 福岡県
専門分野  
解説

  阿部秀助の名は「しゅうすけ」と読むのが正しいらしいが、「ひですけ」と読まれる場合もある。1876年7月、福岡県に生まれる。上京して東京帝国大学に入学し、在学中に『海軍拡張と財政』を翻訳出版、大学卒業の翌年、日露戦争中の1903年に、『露国之恐慌』を出版している。これは敵国を知るために、あえて記した書のようであるが、いずれにしても阿部は、早熟の秀才だった。
  1907年から慶応義塾大学部理財科で講座を担当している。このころから『総合経済地理』、『日本史要解』、『日本地理講義』などを矢継ぎ早に出版している。以後、晩年に病の床に伏すまで、執筆の勢いがとまることはなかった。
  1908年から9年にかけて『史学雑誌』に連載された「現代の史風」は、史学研究において高い評価を受けた。阿部は、当時のドイツの学会における著しい傾向の一つが、史学と経済学の接近にあるとしている。歴史家は経済学によって新たな分野を開き、経済学者は史的事実によって理論に「科学的基礎」を得ることが出来ると主張した。
  阿部は1910年8月よりドイツへ留学した。このころの歴史家は、どの分野の専門であれ、ドイツに留学することが多かったようである。彼は1912年7月に帰国するが、以後ドイツ歴史学を日本に紹介する重要な役割を果たした。
  帰国後1913年に『史学雑誌』に掲載された「史学の根本問題」では、阿部は歴史研究における自然科学的な客観主義を批判している。阿部は「史実とは価値批判の門を通過した事実である」とし、「歴史は価値系統に属するものであって、決して法則的系統に属するものではない」と主張している。重要なことは「史家その人の人格の修養」であるとして、「自然科学の跋扈」を批判した。
  阿部の妻は、東京帝国大学の外国人教師リース(Riess, Ludwig)の娘である。リース はドイツにおける実証主義的歴史学の大家であるランケ(Ranke, Leopold von)に親しく接していた人物であり、ランケ史学の崇拝者であった。また、リースは日本における史学会の創設を提唱し、日本の史学の発展に重要な役割を果たした人物でもあった。
 阿部自身もランケの『欧州近世史』(1923年)を翻訳するなどしているが、それだけではもの足りず、ランプレヒト(Lamprecht, Karl)の歴史学にも理解を示している。ランケの歴史学は、個人を重視し、「本来どうであったか」を重視する静態的把握を行なう。これに対してランプレヒトは、歴史は必ずしも大人物による産物とは考えず、また「本来どうなったのか」を重視する動態的把握を重視する。また前者が普遍史的な立場に立つのに対し、後者は国民概念に配慮する。阿部はランプレヒトに対して全面的に賛成するわけではないが、大きな影響をうけたようである。
 阿部は第一次世界大戦に多大な関心を寄せて、これに関する著作や論文をいくつか記している。1919年に書いた「媾和会議と独逸内政の改造」では、ドイツが社会主義を標榜することは、よりよい講和条件を獲得するのに好都合であるとしている。また1924年には、シュペングラー(Spengler, O.)の『社会主義に対する諸観察』を翻訳出版し、戦後のドイツで関心が高まっていた社会主義についても興味を示している。彼の死後、有志によって「故阿部秀助教授遺児教育資金募集」が行われたのも、こうした関心の延長だったのかもしれない。
 阿部の専門はドイツ史であったが、「徳川初期の外交」や「徳川家康の商政と『メルカンチル・システム』との関係を論じて彼れが通商奨励の動機に及ぶ」など、日本についての論文もいくつか存在している。「最近に於ける世界各地の探検」では、南極探検などについて紹介し、探検とは学術的に意味のあるものだと主張している。阿部の多くの論文には、こうした様々なものも含まれており、彼の思想の全貌をつかむことは難しい。
 また、いつ執筆されたものか現物にも記載がない『近世商業史』という作品がある。阿部の経済史家としての代表作と見なしうるものであり、古代から順にヨーロッパにおける経済活動について論述している。この書を含め、阿部の歴史学についての研究は、現在までほとんど存在しない。
 阿部が病床にあった1924年、これを励ます目的で、堀江帰一が代表となって阿部の一論文を含む論文集『経済学説研究』が有志8人で刊行された。気賀勘重、滝本誠一、小泉信三、高橋誠一郎など、そうそうたるメンバーが筆を連ねている。しかし阿部は1925年1月3日、病によってこの世を去った。享年48歳であった。(坂本慎一)

旧蔵書  
出典 / 参考文献 慶応義塾編『慶応義塾百年史』(慶応義塾, 1958-69年),
阿部秀助他著『経済学説研究』(岩波書店, 1924年),
阿部秀助「現代の史風」(史学雑誌. 19編3号-20編6号, 1908-9年),
阿部秀助「史学の根本問題」(史学雑誌 24編1号, 1913年),
「阿部慶大教授の逝去」(史学雑誌. 36編3号, 1925年),
阿部秀助『近世商業史』(時事新報出版部, 発行年不明),
<写真>慶応義塾写真データベース